意味・由来
「目もくれない」(めもくれない)
【意味】
「目もくれない」とは、まったく関心を示さない、見向きもしないことを表す慣用句です。注意を払う価値がないとして完全に無視する様子、あるいは他のことに集中しすぎて周囲のものが目に入らない様子を描写します。「くれる」は「与える」の意味で、「目をくれる」は「視線を向ける」ということですから、「目もくれない」は「視線さえ向けない」という完全な無関心を表します。誘惑に対して動じない強さ、あるいは冷淡さや無関心を表す場面で使われ、文脈によって肯定的にも否定的にもなります。
【由来・語源】
「目をくれる」は古語で「視線を送る」「注目する」という意味です。「くれる」は「与える」の古い用法で、現代語の「くれる」(もらう側の視点で与える行為を表す)とはやや異なります。「目もくれない」は「目すらも与えない」、つまり一瞥すらしないという意味です。この表現は平安時代の文学にも見られ、特に恋愛の場面で「思いを寄せる相手が目もくれてくれない」という嘆きとして使われました。和歌の世界では「目もくれず」として、片思いの切なさや相手の冷淡さを表現する定型的な表現でした。現代では恋愛に限らず、広く「無関心」の意味で使われています。
【使い方のポイント】
「目もくれない」は「〇〇に目もくれない」「〇〇には目もくれず」の形が一般的です。「脇目もくれない」は「わき目もふらない」と混同されやすいので注意が必要です。「周囲の誘惑に目もくれず目標に向かった」のようにポジティブな文脈では、意志の強さや集中力を称える表現になります。「私の話に目もくれなかった」のようなネガティブな文脈では、冷たさや無関心を批判する表現になります。また、「美味しそうなケーキに目もくれず走り去った」のようにユーモラスな場面でも使え、表現の幅が広い慣用句です。
【類似表現との違い】
「見向きもしない」はほぼ同義で、日常的により頻繁に使われます。「目もくれない」のほうがやや文学的で硬い印象があります。「歯牙にもかけない」(しがにもかけない)は相手を完全に取るに足らないものとして無視することで、より強い軽蔑のニュアンスを含みます。「一顧だにしない」は非常にフォーマルな表現で、公式な場面で使われます。「脇目もふらず」は周囲に注意を向けず一つのことに集中する意味で、無関心というより集中力の表現です。「素通りする」は物理的に通り過ぎることで、「目もくれない」ほどの完全な無関心は含みません。
【豆知識】
心理学では、人間の注意力は限られた資源であり、何かに強く集中すると他のものが文字通り「見えなくなる」現象が知られています。「非注意性盲目」(inattentional blindness)と呼ばれるこの現象は、有名な「見えないゴリラ実験」で実証されました。バスケットボールのパス回数を数えることに集中している被験者の半数以上が、画面を横切るゴリラの着ぐるみに気づかなかったのです。これはまさに「目もくれない」状態の科学的証明といえます。また、マーケティングの分野では、消費者が広告に「目もくれない」現象を「バナーブラインドネス」と呼び、ウェブ広告の大きな課題となっています。
使い方・例文
彼は周囲の批判に目もくれず、自分の研究に没頭した。
セールの看板に目もくれず、まっすぐ家に帰った。
彼女は沿道の声援に目もくれず、ゴールだけを見つめて走り続けた。
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クイズ
「目もくれない」とはどういう意味?