血眼になる

ちまなこになる

必死になって探す

👋 体

意味・由来

「血眼になる」(ちまなこになる)

【意味】

「血眼になる」とは、目を血走らせるほど必死になって何かを探したり、取り組んだりする様子を表す慣用句です。余裕のない切迫した状態で、なりふり構わず全力で行動する姿を描写します。紛失物の捜索、競争の激しい奪い合い、追い込まれた状況での必死の行動など、緊迫感のある場面で使われます。「血眼」は文字通り血走った目のことで、睡眠不足や興奮で目が赤くなった状態を表し、その状態になるほど必死であることを強調しています。

【由来・語源】

「血眼」は「血走った目」を意味する言葉です。人間は極度の緊張や興奮、睡眠不足の状態になると、眼球の血管が拡張して白目が赤くなります。この「目が充血した」状態が、必死さや切迫感の象徴として使われるようになりました。「血眼」の読みは「ちまなこ」で、「まなこ」は「眼(め)」の古語です。「真眼(まなこ)」が語源とされ、「目」よりも力強く、文学的な響きを持つ言葉です。「血」+「真眼」で「血で真っ赤になった目」を表し、鬼気迫る表情を描写します。

【使い方のポイント】

「血眼になって探す」「血眼になって取り組む」が一般的な形です。「落とした指輪を血眼になって探した」は個人的な捜索、「年末商戦で各社が血眼になって顧客を奪い合う」はビジネスの競争を描写します。この表現には「余裕がない」「なりふり構わない」というニュアンスがあるため、冷静さが失われている状態も含意します。肯定的に使えば「それほど真剣である」、否定的に使えば「冷静さを欠いている」という評価になります。自分について使う場合は過去の体験を振り返る形が多く、「あの時は血眼になって探し回った」のように使います。

【類似表現との違い】

「目の色を変える」は表情が一変して真剣になることで、「血眼になる」と近いですが、やや軽い印象です。「必死になる」は最もシンプルに全力を表す表現で、「血眼になる」のような身体的描写を含みません。「躍起になる」はむきになって必死に取り組むことで、やや感情的になりすぎているニュアンスがあります。「目を三角にする」は怒りで目つきが鋭くなることで、「血眼」の必死さとは異なり、怒りに焦点があります。「鵜の目鷹の目」は獲物を探す鋭い目つきで、「血眼」の切迫感よりも注意深さに焦点があります。

【豆知識】

「血眼」は日本の漫画やアニメで視覚的に表現しやすいため、キャラクターの必死さを描く定番の手法として使われています。実際の人間の目も、交感神経が活性化すると瞳孔が拡大し、眼球の血管が拡張して充血するため、「血眼」の状態は医学的にも裏付けがあります。なお、「血眼」の対義的な表現としては「涼しい顔」(冷静で動じない様子)があり、「みんなが血眼になっている中、彼だけが涼しい顔をしていた」のような対比表現が効果的です。英語では to desperately search(必死に探す)が意味的には近いですが、「血走った目」という身体的描写を含む表現は特にありません。

使い方・例文

ビジネス

年末商戦に向けて、各社が血眼になって顧客を取り合っている。

日常会話

落とした鍵を血眼になって探した。

作文

転職先を血眼になって探し回った日々を、彼は今でも忘れない。

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クイズ

「血眼になる」とはどういう意味?

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